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2014年は. . .

遅ればせながら、あけましておめでとうございます!
もう小正月
2000年くらいまでは、1月15日が成人式でしたね。
もうはるかかなたの出来事だけど、今でも成人式に出なかった事を後悔しています(^_^;)
福岡の天神のアンティーク屋さんでバイトしてたのよね〜
なんて親不孝な子
親に詫びたのは、数年前だったでしょうか...


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2014年の幕開けは、とてもずっしりと重みのある感じでした。
足どりは軽やか
ちゃんと一歩一歩大地を踏みしめながらも飛び跳ねている感じかな。

今年の私のテーマは、

「応える」 です。

色んなサインをちゃんと受けとる事から、それに応える。
恐れや痛みを怖がってばかりいたけれど、それが赦しのサインだと知ってから
誰かに認めて貰いたい感情とか、誰にも耳を傾けてもらえないもどかしさなんかも
すんなりと、ああこれもサインなんだ 神の愛なんだね とちゃんと自分に落とし込んでいける
ちゃんとそれを愛として体感しちゃえるんだ。

罪や恐怖を感じる毎に応えていけばいい。

構えなくて大丈夫。
だって愛なんだから

愛って、柔らかくて なめらかで 心地よいものでしょ?
誠実で、真理でしょ?
そもそも、誰の赦しを求めていたのかな?


私自身
私の感じる罪への私からの赦し

だから、はじめから罪など無いの、
エゴだもの
厄介なエゴの独り芝居にまんまと
もてあそばれてたんだね

望もう
温かく優しい気持ちを込めて
愛を持って
恐れや疑いを解き放って

色々な感情にちゃんと向かい合って応えます。






今年の初作品
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70cmのロングレッグウォーマー

バレリーナさんからのオーダーです。
トゥシューズで軽やかに踊る姿を想像しながら編みました。

毎年秋頃から、ずっと編み物三昧の日々です。
絶え間無く編んでいます。
今はニットベレーにとりかかっています。
2014年もたくさん編みたいな016.gif


明日は満月です。
今年手放したいものを願おうと思っています。

今年もどうぞ宜しくお願い致します。
「私への贈り物 Gaven Til Mig」
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by johnnyme301yuki | 2014-01-15 18:46 | 日々是

The Third Way 第三の方法

ここ最近のことがまるでお見通しかのごときこのメッセ-ジです。
またまた目が開きました。
変えなくちゃ変わらなくちゃとジレンマに陥りがちだったり
あるがままでいいんだよと構えたり 

もうジャッジしません


以下、Arrived Energy On Earthコミュから転載です。


The Third Way
Pamela Kribbeによるイェシュアのチャネリング
英語への翻訳:Maria Baes and Frank Tehan






親愛なる友たちよ。

私はイェシュア。私はあなたと一緒にいます。
時間と空間のバリアを通して私はあなたの隣にいます。
ハートの中で私を感じてください。
私は人間であるということを…その高みと深みを…とてもよく知っています。
私は人間のフィーリングの全エリアを…そして両極端の世界の中を…探索してきました。
ついに私は出口をみつけました。
それは、様々な光でそれ自体を示す人間という経験すべてで、違う見方でものごとを見る通路です。それが、あなたのハートに静けさと平和を生み出す方法になります。

私が今日、あなたにお話ししたいのは、この出口,この通路についてです。
あなた方の多くが、ご自分がジレンマをかかえていること~ご自分がご自分自身と格闘していることにお気づきです。
「もっとよく(=ベターに)ならなければならない。」,
「今の自分ではない他のものにならなければならない。」…といった想いがあなた方の心の中で生きています。
それは、「もっと大いに成長・発展して,神聖になって,自分自身に対して持っている高い理想や特定のルールに従うことが、もっとうまくできるようにならねばならない。」…といった考えのことです。
しかしこれは、間違った理想です。
ご自分自身に対してのこの取り組みはすべて、「自分のままではよくない。」という考えに基づいています。
それは、「他に何かある。」…という考えであり、「あなたにはご自分を変える力がある。」…「あなたが人間であるという事実をコントロールすることがあなたにはできる。」…という考えに基づいています。しかしこれは古い考えです。
そしてとても古い時代にあなたが十分に経験したものです。

この考えは部分的にですが、アトランティスの時代にありました。その時代、あなた方は第三の目を発展させ、“観察のセンター”としてそれを頭の中で経験しました。
あなた方に知覚することのできた第三の目から…そこから…あなた方はご自分の願望に基づいた人生を形作るために、あなた方は人生に干渉することを望みました。
あなた方の中には、支配や統制に向かう確かな傾向がありました。
しかしこの傾向は、ご自分が持つ“真実のコンセプト”に影響されるものでもありました。

あなた方は「より高尚な原則に基づいて行動をしている。」という考えを持っていました。
そのため、あなた方がしていたことは“良いこと”でした。あなた方には、この理論が常に働いていたわけです。パワーは常に、「良いものである。」という考えのベールで被われていました。
こうした考え方を取り囲むようにイデオロギー全体が構築され、良いことのために努力をしているように見える世界観が作られました。しかし本質的にはあなた方は、ご自分自身のも,他の人たちのも~両方の人生をコントロールしようとしていたのです。

パワーは腐敗します。それは、どんな人間の中にも存在している“自然な生命の流れ”からご自分を遠ざけてしまうものになるからです。
パワーは順応性の概念をあなた方に授けますが、実際のところ、それは幻想に基づいたものです。
ご存知のとおり人生とは、そのように柔軟なものではありません。
人生は、何らかの理由や,誰かの意志,あるいは第三の目から決定づけられるものでもありません。人生は世界観やシステムにフィットするものでもありませんし、メンタルなプロセスに基づいてオーガナイズされることもできないものです。

永い間、あなた方はご自分の人間性との…人間であるという状況との…争いに加わってきました。
多くのスピリチュアルな経路は、
「自分自身のワークをしなければならない。」
「自分自身を高めなければならない。」
「理想的な状況へと自分を導くことになる~計画された行動の経路を歩んでいくことを自分自身に強いなければならない。」といった考えに基づいています。
しかし、こうした考えが、内なる格闘を大いに引き起こすのです。
もしあなたが、理想とされている考え方からスタートすれば、そのスタンダードをご自分に押し付けることになります。
ですが、「それを果たすことはできない(あるいは果たさない)。」ということを、あなたは内側でとてもよく理解しています。そのため、あなたは初めから失敗してしまうことになるわけです。

さぁ、この考え方のエネルギーを感じてみてください。
あなたがご自分にしていることのエネルギー,強要する必要性から来ているエネルギー,ご自分を向上させるという探求から来ているエネルギー,人生やご自分の感情や思考をオーガナイズしたいという願望から来ているエネルギーを…。
ものごとをコントロールしたがるエネルギーを感じてください。
それは愛情のこもったエネルギーでしょうか? そのエネルギーは時として、愛や善いもの,真実のふりをします。パワーは常にこのようにしてその姿を包み隠すのです。
そのため、人々にとってそれを受け入れてしまうことが簡単になってしまうわけです。
パワーがその顔を公然と見せることはありません。パワーは思考を通してそそのかすのです。
そういうわけで、それについては考えないほうがベターです。むしろ、「人生をコントロールしたい。」という願望があなたにしていることを感じてください。

日常生活のご自分を…現在のご自分を…今のご自分の人生の中でのご自分を…見てください。
あなたはまだ、どれだけご自分自身と戦っていますか? 
どれほどあなたは、ご自分に浮かび上がってくるもの~あなたの中から自然と湧き出て流れたがっているものを咎めていますか? 
そうしていることは、「こうであってはならない。これは間違っている。これは去らねばならないものだ。」と、ジャッジをしている状態になります。
そこには批判的なエネルギーや冷たさが居座っています。そのエネルギーを感じてください。そのエネルギーはあなたを助けるものでしょうか?

今から私はあなたを、ご自分自身の違う見方へとお連れしようと思っています。
そこは、変化が起こることのできるところです。
しかし、闘うこともなく,ご自分自身に向かって激しいタックルをすることもなしに、変化が起こることができるところです。
この意味を明確にするために、例えての話をさせてください。

あなたに怒りや苛立ち~そのような感覚を呼び込むような何かが、あなたの人生に起きたと思ってください。
今、あなたには、違う方法でその怒りに反応することができます。
あなたがご自分の感情を表現することに慣れていないのなら、あなたのリアクションは一番初歩的なものになるでしょう。
そしてその後、あなたには怒り以外の何もない状態になるでしょう。あなたはしばらくの期間、怒っていることになります。そしてあなたはご自分の怒りに飲み込まれ、その怒りと一体感を持つようになります。
その後しばしばあなたは、あなたの怒りの原因はご自分の外側から引き起こされた…という説明をつけ、誰か他の人に批難を向けるといったことを始めます。
その誰かとは、何か間違ったことをした人で、あなたが怒りを感じているのは、その彼・彼女がした失敗のせい…ということにしてしまうのです。
あなたはご自分の怒りと一体化して、怒っているようになる~これが、一番初歩的な反応~第1の方法です。

もう一つの可能性は、私が“第2の反応の仕方”と呼ぶものです。
あなたは怒っています。あなたの頭の中では即座に声が響きます。
「こんなことは起きるべきではない。こんなことは間違っている。私が怒るなんてよくない。この感情を抑え付けなくてはいけない。」 
それは、宗教観からの教育や,社会的な観点からあなたに教え込まれたものかもしれません。たとえば、「ご自分の怒りを他の人たちに見せないことが、ベターなことであり,道徳的なことであり,より素晴らしいことである。」…といった観点からの教育を受けたのかもしれません。
それは確かに、公然と怒りを表現することがフィットしない女性には、当てはまることかもしれません。(女性といってもwomenのことであってfeminineのことではありません)

あなたに言われてきたいろいろな考えが、ご自分が感じている怒りに対するジャッジを引き起こさせます。
その後、どうなるでしょう? 
あなたの中には怒りがあります。しかし即座に、それを上書きするような意見~「こんなこと許されない。こんなこと間違っている。」が湧き上がってきます。
そうしてあなたの怒りはご自分の“シャドウ”の側になります。
なぜなら言葉通りに、それには光が当たることがなくなるからです。それは、見られてはならないものだからです。

怒りがこのようにして抑え付けられたら、どうなるのでしょう? 
怒りが消えてなくなることはありません。
それはあなたの後ろに隠れ,他の方法であなたに影響を及ぼすようになります。それが、あなたに不安や恐れを引き起こすことになるかもしれません。あなたには、怒りにあるパワーを使うことができません。あなた自身がそれを使うことをご自分に許さないからです。
あなたはその、熱のこもった,怒りの側~ご自分自身の反抗的で手に負えない側面ではなく、ご自分の甘くて,素晴らしい,役立つ側を(他に)見せることでしょう。そうしてあなたの怒りは内側に閉じ込められることになります。
あなたは「自分は他の人たちは違う」と考えるようになります。あなたにはそうした怒りの感情があるからです。そのためあなたは、他の人たちと距離を置くことまでし出すことになるかもしれません。

いずれにせよ、これがあなた自身の内側に激しい対立を引き起こします。まるで2つの自分~光の自分と闇の自分がいるかのような。とかくするうちに、あなたはこの痛みを伴うゲームに囚われてしまうようになります。
それはあなたの内側を傷つけるゲームです。あなたにはご自分を表現することができないからです。あなたを制限しているのは、このジャッジメントなのです。
こんなリアクションをして、あなたは本当にベターな人物となっているのでしょうか? 
ご自分の感情を抑え付けることが、穏やかで愛情深い人物という理想的な人物像へとあなたを導いていくのでしょうか? 

これに関するすべてを私が解説するとすれば、この種のリアクションは機能しないということが、あなた方にも非常にハッキリとわかるでしょう。
このリアクションは、本当の平和,本当の内なるバランスへと行きつくものではありません。しかし、あなた方はご自分にこうしたことをしています。非常に頻繁にあなた方はご自分の感情を黙らせます。ご自分が持っているモラルからすれば、それらの感情が良いものではないからです。
しかしあなた方は、それらのモラルについて~それらの概念がどこから,誰から来たのか…それらのモラルがご自分に何を与えてきたのか…熟考していません。

それについて考えない。しかし、それを感じる。~これこそ、私があなた方にお勧めする行為です。あなたが理想とするイメージや,あなたが“すべきこと”と一緒になって、あなたがご自分に向けて燃え立たせているジャッジメントにあるエネルギーを感じてください。あなたが理想とするイメージや,あなたが“すべきこと”~それは時には、一見するととても高尚な動機づけから来ているものかもしれませんが、ご自分の感情を抑制することによって…それらを システマティックに抑え付けることによって…あなたが啓発されることはありません。

第3の方法があります。
それは、ご自分が持つ人間的な感情を経験する第3の方法です。
第1の方法は、先ほど例を挙げたとおり、ご自分の怒りとまったく一体化してしまう…というものでした。
第2の方法は、それを押し退け,抑え付け,咎める…というものでした。
第3の方法は、そのままにさせる…という方法~そのままにさせて、それを超える…という方法です。
それは、意識がすることです。
私がお話している意識は、ジャッジをしません。
それは存在状態だからです。
それは観察の方法であり、同時に、クリエイティブ(有意義)な方法です。

たくさんのスピリチュアルな伝統的な教えが語ってきました。
「自分自身に気をつけていなさい。」 ~それで充分足ります。
でも、あなた方は不思議に思うことでしょう。
「どうなることになるの?
 単なる私自身の意識に、どうやって私の感情の流れに変化をもたらすことができるの?」…と。
意識とはとてもパワフルなものだということをあなた方は理解せねばなりません。
意識とは、感情を受動的に表すもの以上のものです。
意識は激しい創造的なフォースだからです。

では、もう一度イメージしてください。
外界にある何かがあなたの中に強い感情~たとえば怒りを呼び起こしています。
あなたが意識的にそれに対処していれば、あなたはそれをご自分自身で十分に観察しています。あなたはそれを注意深く見ているのですが、それと同時にあなたは、それに対して何もしていません。もはやあなたはその怒りと一体感を持っていません。その怒りの中でご自分を見失うこともありません。あなたはただ、怒りが怒りであるままにさえています。
これは(その感情からの)脱離状態です。しかし、脱離しているには、強さが大いに必要になります。なぜなら、あなたが学んできたことすべてが、あなたの気分~怒りや恐れといった感情の中にあなたを引き込むからです。また、あなたはその怒りや恐れについてジャッジを下す誘惑にも引き入れられるため、それが、脱離することをさらに難しくします。
そうしてあなたは、2つの方法(第1の方法,第2の方法のどちらか)に引き寄せられ、意識から引き離されてしまいます。

その出口については私が冒頭でお話ししましたが、その出口が内なる平和への道となるのです。通常のあなた方の感情への対処の仕方は、センターポイントからご自分を引き離すものです。
つまり、意識から引き離すものです。
しかし、その意識こそ、唯一の出口なのです。
無意識にならずに、ちゃんと“現在”に留まっていることを可能にさせるのは、感情の広がりすべてを静かに観察すること~それが唯一の方法です。
その状態であればあなたは、感情にも,その感情に対するジャッジにも,引き込まれてしまうことはありません。あなたは、完全な意識と柔らかなフィーリングで、「これが私の中にある方法だ。」として、それをみつめます。

「私は怒りが私に湧き上がっているのを認める。私はそれが私の身体じゅうを走り抜けるのを感じる。」,
私の胃(あるいはハート)が反応している。私の思考は、私がこの感情を感じている理由を正当化するために駆け巡っている。」,
「私の思考は、他の人たちではなく自分のほうが正しい…と私に語っている。」
 ~ご自分を観察しているうちに、こうしたことが起きているのにもかかわらず、ご自分が湧き上がってくる考えと共に観察状態から出ていってしまっていない…ということが、あなたにもわかるようになります。
あなたが感情や想いに引っ張られることも,そこに沈み込んでしまうこともありません。
このマインドの明快さ~これこそが意識なのです。

そして、このようにしてあなたは、ご自分の人生にいるデーモンたち~恐れ,怒り,不信などに安楽死をもたらすのです。
あなたがそれらのデーモンになってしまったつもりでいれば、あなたはそれらに強さを与えることになります。
ジャッジを下してそれらと闘っていれば、いずれにせよどちらにしても、あなたはそれらを育てていることになるのです。
それらデーモンを凌ぐ唯一の方法は、それらから高まり抜け出ることです。
それは、ご自分の意識ですることであって、それらデーモンと闘うことではなく、ただシンプルにそのままにさせることなのです。

その後、どうなるのでしょう? 
意識は変化しない・動きのないものではありません。
ものごとも、ずっとその状態のままでいることもありません。
あなたがご自分の感情やそれをジャッジするエネルギーに(かまうことで)滋養を与え,助長させることをしなければ、そのエネルギーも徐々に消えていく…ということに、あなたは気づくようになるでしょう。
言い換えればそれは、あなたのバランスはより強固なものとなり、あなたのベーシックなフィーリングは、もっと平和や喜びのものになる…ということです。
あなたのハートや魂にはもはやバトルがないため、喜びが湧き立ってくるからです。
あなたはもっと穏やかな目で人生を見るようになります。
ご自分の身体の中での感情の動きを認め、それらを観察するようになります。
またあなたは、頭の中で目まぐるしく動き始める思考を、穏やかで柔らかな眼差しで観察します。
飲み込まれずに観察する能力は、とてもパワフルで力強いものだということを、どうか知ってください。これがすべてです。これが、出口なのです!

お願いしたいことがあります。
この瞬間に、ご自分の持つ意識のパワーを経験してください。その純粋な意識を…。そして、あなた自身には変えるべきものなど何もない…ということをご自分に感じさせる方法での解放を…。この意識の静けさと明快さを感じてください。
それこそが、本当のあなたというものです。間違ったジャッジメントは押し退けてください。感情を流れさせてください。それらを抑え付けてはなりません。それらもあなたの一部です。そうした感情の中にはメッセージを持っているものもあるのです。

あなたが恐れている感情,あなたを悩ませている感情,あなたが闘っている感情がご自分にあるかどうか、ご自分自身に訊ねてみてください。
おそらく、あなたにとってタブーとなった感情があなたにはありますか? 
では、それ自体を表すため,そのものを見せるために、それを一人の子供あるいは一匹の動物の姿として出てこさせてください。その子は完全な自己表現をするかもしれません。あるいは無作法なことをするかもしれません。
けれども、たとえ何が起きようとも、それがしたいことすべてをさせなければなりません。それが感じていることをあなたに話すことを許さなければなりません。
あなたはそれを見ている意識です。そうしてあなたは言います。
~「えぇ。私はあなたを見たい。あなたの話を聞きたいの。それを伝えて。」,
「あなたの話を聞かせて。それがあなたの真実だから。それが真実ではないとしても、私はあなたの話を聞きたいの。」 
このようにしてご自分の感情を経験してください。それらを不適当なものとしたり,咎めたりしてはなりません。彼らにあなたと話をしに越させてください。
年老いた賢明な人物として穏やかに彼らに接してください。
そうして、その子あるいはその動物がもたらすものを観察してください。
出てきたがっているピュアなライフフォースがネガティブな感情に隠れているといったことは、よくあることです。それは、ジャッジメントという偏見すべてによって絞め殺されていたものです。その子あるいはその動物に、スキップであなたのところへ来させてください。
おそらくそれは、今後、その現れ方を変えることでしょう。それを愛情のこもったオープンさで受け止めてください。

意識を変換させること~それは変化のためのメジャーな手段です。しかしそれは何も変えたがりません。意識が「はい! そうであることにイエス♪」といった時、それは、そこにあるものすべてを受け入れて承諾することを意味します。
これがすべてを変えることになるのです。なぜならそれがあなたを自由の身にするからです。あなたは今、自由です。
あなたはもはや、ご自分の感情や,ご自分の感情に対するジャッジのなすがままではありません。それらの感情をそのままでいさせることによって、それらはあなたに対する影響力を失うことになるからです。

もちろん、まだ、あなたがご自分の感情や偏見,先入観といったものに圧倒されるようなことも時折、起きはするでしょう。
でもそれが、人間であるということです。
ご自分の感情をそこにスタックさせてしまわないようにしてください。
「あれ? 私はクリアな意識に達していない。私は何か間違ったことをしているに違いない。」と思ったとしても、それで、ご自分を責めたりもしないでください。そこでご自分を咎めてしまえば、あなたは再び、ジャッジメントというボールを転がすことになります。
あなたにはいつでも出口に戻ることができます。平和へと戻ることができます。しかしそれは、ご自分自身と闘わないことによって、できることなのです。
そこにあるものを観察してください。そして過ちを犯さないでください。そこに引き込まれてしまわないことが、素晴らしい強さなのです。
そしてそれが、本当のスピリチュアリティのパワーなのです。真のスピリチュアリティは道義や品行のことではありません。それは、存り方のことなのです。





Pamela Kribbe 2012 www.jeshua.net
著作権は Pamela Kribbeが有します。本稿のコピー,再配布は、出典としてURL: www.jeshua.netが表記されていることを条件に自由に再配布する許可が与えられます。



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by johnnyme301yuki | 2012-07-16 09:17 | 第三の目